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グループカテゴリー 地域・旅行
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伊豆
グループ管理人:
S.O
グループ名:
伊豆
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伊豆の伝説の頼朝巡り、その6。 from オセンタルカの太陽帝国
『痣丸』の頼朝様を描き直してみました。よしよし、前のの百倍似てる。このマンガで頼朝の耳が大きいのは、何か理由があるのでしょうか。「釈迦と劉備の再来」という設定だったりして。 実はこのシリーズは「その5」で終了する予定だったのですが、間が空いてしまったので仕切りなおします。年を跨いでしまうのも何なんで。取りあえず今回集めた写真はこれでおしまい。 中伊豆。冷川の里にある「頼朝腰掛け石」。これは、年来の私のナゾなのです。この遺跡自体は名前の通りでエピソードも頼朝石によくあるたぐいの物なのですが、この看板が立っている場所から辺りを見渡しても、何も無い。丁度2年ぐらい前に、この看板が気になって、頼朝石を求めて付近を探し回ったことがあるんですよ。見つからなかった。でもこの付近も味のある竹林や道祖神やワサビ畑が多くて、それ以来大好きな里になりました。…が、やっぱり看板のある位置に石があるべきですよねえ。 看板の立ってる付け根。もしかしてこの土の下に頼朝石があるのか? ナゾ。 そこから冷川峠に向かいます。冷川峠には現在「中伊豆バイパス」(通行料金360円。高い)があって中伊豆町と伊東市南部を短距離で結んでいるのですが、このバイパスとトンネルは昭和53年に開通したもので、当然頼朝の時代にはありませんでした。バイパス開通以前に使われていたのは「冷川峠」。実はこのブログでは「頼朝の時代に韮山から伊東に行くには、主に亀山峠と冷川峠があった」とたびたび述べていますが、実は正確に言うと冷川峠の道も頼朝の時代にはありませんでした。ウィキペディアによると冷川峠の開通は明治36年で、それ以前は「柏峠」と呼ばれる場所を通っていました。当然、頼朝が歩いていたのも柏峠のはずです。なのになぜこのブログでは「柏峠」の名前を使わないのかというと、この道は現在は無名の道となってしまい、誰にも分からないと思ったからです。前から疑問に思っていました。この峠道は伊東のどこに出るのかと。実は前にもここから伊東へ行こうとしたことがあったのですが、その時はトラックで行ったので途中で挫折してしまいました。なので、今日こそこの道を突き詰めてみようと思って。 冷川峠の最高ポイントの少し手前に、柏峠との分岐点があり、案内板もあります。柏峠には、曾我物語での「奥野の狩り」での逸話と、伊東仏現寺の「天狗の詫び証文」の
(2008年1月3日 22:06)
伊豆の伝説の頼朝巡り、その5。 from オセンタルカの太陽帝国
伊東市役所にある八重姫の像。 続いて、湯ヶ島へ向かいます。ここには頼朝様が涌かせた木立温泉があるのです。
(2007年12月28日 00:26)
伊豆の伝説の頼朝巡り、その1。 from オセンタルカの太陽帝国
浄蓮の滝にある頼朝と政子の像(ウソ)。 秋葉山やら塚の首やらで、何のブログか分からなくなってきてしまってるような気がするので(←伊豆の伝説の探求の日記ですよ〜)、少し路線回帰。少し前に数年掛けて溜めた写真をすべて失ってしまったので、それを補充しがてら、行った事のない場所を中心に巡り直してみたいと思います。おおかたの説明はもう地図の方でしてしまっていまして、同じ事を書くのもなんなので、詳しい場所やあれこれ等は併読なされてください。 まずは伊豆の国市と函南町の境にある奈古谷へ。ここには、文覚上人が流されてきた「毘沙門堂」があります。 流されてきたということは、ここに監視役はいたということでしょうか。北条時政が監視役を兼ねたのかな。近くの寺院がその責任を請け負ったのでしょうか。頼朝とは違って、彼のようなクソ坊主は流しっぱなしだったのかもしれない。古来からのこの地の流人事情・体制が気になるところです。伊豆大島に流された役小角も、夜になると富士山や日金山や葛城山に出歩いたといいますが、夜が明けるとおとなしく配所に帰ったようだし。 現地の解説板に書かれている事。 「承安4年(1174年)、当地に配流。居寓6年、その間東奔西走、専ら源家の再興斡旋に努めた。治承4年(1180年)8月、源頼朝公の挙兵は実に上人の勘説よる所と、平家物語は叙している。即ちこの場所が上人籠居の跡である。のち頼朝公は神仏家祖報恩のため、上人に布施して毘沙門堂を建立。源家の万福を祈った。春風秋雨八百年、慈に往時を追思しつつ略史を彫み、建碑の所以とする。昭和51年11月」 ぷぷぷぷぷ、文中の「居寓6年」と「東奔西走」は相容れない言葉です、文覚に関しましては。第一、文覚は「奈古谷の毘沙門堂に流された」となっているのですが、この史蹟のある場所は国清寺から毘沙門堂へ行く途中の坂道にあります。毘沙門堂はここからさらに1kmぐらい山道を登ったところ。配所におとなしくいないのが文覚らしいですね。また、毘沙門堂を建立したのは頼朝であるかのような書き方ですが、郷土史によると建立者は慈覚大師円仁だということになってます。(どちらにしても怪しいですけど)。室町時代、この毘沙門堂は畠山国清が作った(?)国清寺の奥の院扱いにされてしまうのですが、毘沙門堂自体は平安初期からあたものです。参道には7つの奇石が適当な距離
(2007年12月20日 14:19)
地図マニアな私−−グーグルマップの地形図。 from オセンタルカの太陽帝国
私はかなりな地図マニアです。地図を眺めているだけで、しあわせ。地図を眺めているだけで、癒される。生まれたままの日本の形が、美しい形でそこにでーーんと横たわっていることが見られるということに惚れますし、そんな中で日本人たちが山を掘り道路を築き、着実に版図を広げているという事に感激します。地図を見ているだけで旅行をしている気分になれますが、その夢想をもとに旅行に行くのが楽しい。旅行本を読んで旅に行くと期待とイメージとの落差に落胆する事も多いのですが、地図を見てその特質を頭に叩き込んでから行くと、大概イメージ通りということが多いです。 そんな私が最も愛用しているのがグーグルマップで、とりわけ衛星写真地図の美しさには溜息が出てしまうほどなのですが、そのグーグル地図に、いつの間にか「地形図」という新機能がついていました。う、うるわしい、、、 これはこれで、じゅるり。 まだ導入されたばかりなので航空写真図ほどの精緻さはなく、まだまだな感じなのですが、これはこれでもう少し充実させていただいたら様々な別の用途にたくさん使えることとなるでしょう。どんどん拡大させていくと、地図全体の地形は淡くなっていくのですが、その分最初は薄かった道路とかが浮き出てきて、喩えようもない美しさになります。すばらしい。とりわけ市街部分。 …などなどと、絶賛の言葉を重ねようとして、自分の住んでいる伊豆の国市の付近を拡大させて見ていたら、変な事に気付きました。 「長岡市」っ!?そこは伊豆の国市ですよう。しかも○を打ってある場所。それは普通市役所のある位置か駅のある場所に置くと思うのですが、どうしてわざわざそんな変な場所に打つ。そこは伊豆長岡の町でもかなり辺鄙な場所です。伊豆の国市はもっと左上の、旧伊豆長岡町の盆地の部分にあります。何でこんなことになっているのかな? 実はこの地図で○を打っている位置は、800年前にこの一帯を支配していた天野遠景公の墓のある場所で、そういう歴史的事情を考慮してこうなっているのかも?そういう妄想まで考えてしまいました。(まさかね) また、右上の方にある「Jike」って地名はなんだったかな?韮山に面したここは「韮山土手和田」のはず、、、 と思って地図で確認したら、「寺家」地区がほんのちょっとまでここまで入り組んで来ていました。なーーんだ、と思ったんですが、「寺家
(2007年12月4日 03:56)
伊豆の天狗−−大瀬神社。 from オセンタルカの太陽帝国
11月22日に発売された『日本妖怪大百科』の第3号(特集は天狗)に、伊豆半島西端の大瀬崎にある大瀬神社の天狗についての記載がありましたので、見に行ってきました。伊豆に住んで長いですけど、この神社が天狗の神社だという事は知らんかった。(夏場に非常に混むところなので、敬遠していたんですよね)。当誌には、神社の内壁にかかっている奉納された天狗のお面と、天狗絵馬の写真が載っておりました。※ちなみに記事中には「おおせじんじゃ」と書いてありますけど、「おせじんじゃ」が正しいですよ。伊豆通は間違わない。 大瀬崎へは私の家から30分弱です。あいにく曇天で雨がぱらつく。ちょっと寒いです。 駐車場代1時間300円。夏でもこの値段かしら。入り口にある史蹟案内板には天狗の文字はありませんが、愛らしいイラストがありました。これは、上の本に写真が載っていた絵馬の絵と同じ絵ですね。ここの天狗はカラス天狗なのでしょう。 駐車場から岬の先端までは遠いです。途中、ダイバー向けの宿泊施設が建ち並ぶ。この季節のこういう施設は寂しいもの、、、 と思いきや、浜辺には100人を越える潜り屋さんたちがおられ、大盛況。この人達、こんな寒い日に何してるんじゃ。…でも羨ましい。浜辺には温かいお風呂がたくさん設置され、そこで幸せそうにしている人たちの姿が印象的でした。 神社へ行く途中の数百mは、ねじくれた巨大な木が立ち並ぶ。大瀬崎名物、柏槇(びゃくしん)の巨木だそうです。すごい木だなー、と眺めていましたが、葉を良く眺めてみると、これ、私の実家でも生け垣に使ってた木じゃないですか。(今はコンクリ壁にしちゃったけど)あのまま千年くらいほっとけば、私の実家もこんなバケモノのような木に取り囲まれてたのか。 入り口の鳥居をくぐると、傍らになぜか天狗のウチワ(?)のオブジェがあります。これは期待が高まります。 しかし、ここで神社と神池の拝観料100円を払わねばならないのですが、その料金所が無人でした。料金は箱に入れるようになってます。ここでいろんな事を聞いて、天狗絵馬も買ってみようと思っていたのに、アテがはずれます。悪い予感は当たります。この神社、「絵馬殿」なる不思議な建物があったのに(←なかなか大きいです)、その扉は閉まっていて、脇にある絵馬掛け場にもたった2枚の絵馬しか吊されてませ
(2007年12月1日 04:59)
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